「ギョユギョル カゴール 赤ワイン 極甘口 2021年」 予約販売開始 5月15日以降の発送を予定(大丸東京店、大丸札幌店で大活躍した商品)赤のデザートワイン

¥3,740

在庫210個

説明

未成年者の飲酒は法律で禁じられています。お酒は20歳になってから。

妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。

飲酒運転は禁止されています。

 

Goygol Kagor Red Dessert Wine 2021

ギョユギョルカゴール赤極甘口ワイン2021年

注意:画像は白く見えますが、赤ワインです。

ヴィンテージ:2021年

ブドウ品種:カベルネソーヴィニヨン100%

容量:750ml

色:赤

味わい:極甘口

度数:16度

特徴:フルーティーな香り。果実味とタンニンはしっかりあり、飲みごたえがある甘口ワインです。ブドウ品種カベルネソーヴィニヨン100%を使用した、日本市場でもかなり珍しい甘口赤ワインです。開けてから6カ月経っても参加しないので、とても使いやすい商品です。毎日20-30ミリ、ゆっくり飲んでも大丈夫です。

相性の良い料理:エビのチリソース、焼鳥や甘辛い煮物、鶏肉のトマト煮、肉じゃが、熟成チーズに最適。

飲み頃:地元では、常温で飲みますが、日本では冷やして飲んでもとても美味しいです。常温で飲むとよりアルコールを感じます。

 

ご購入後、お客様都合での返品・返金に応じかねますので、よくご検討の上、ご購入ください。

商品発送は5月15日以降を予定しております。こちらは予約販売です。

商品発送は前後する場合があります。

 

以下は、ワイナリー(ギョユギョルワイナリー)の紹介です:

1860年に開業

葡萄畑の面積:509ヘクタール

栽培されるブドウ品種の数:13種類

土着のマドラサ(黒)、バヤンシラ(白)をはじめとするコーカサス品種サぺラヴィ及びルカツてリに力を入れる

毎年5000トンのブドウを収穫

年間4.2百万本のボトルを生産可能

主にイタリアの技術(機械)を使う

地元の人をはじめとして、イタリア人、フランス人のワインメーカーの力も借りる

小コーカサスに流れる川の水を利用

収穫は手で実施 ー 高品質

アゼルバイジャンでスパークリングワインを生産する唯一の生産者 ー瓶内二次発砲

ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、ドイツ、ラトビア、チェコ、中国及び日本への輸出を誇る

標高: ギョユギョル地方: 600 – 700 m

サムク地方:  350 – 400 m.

日照条件:

1日平均ー11時間10分

年間平均降水量: 300-400 mm.

土壌構造:灰色・茶色(栗の色)

粘土質の多い土壌

気候:寒暖差が激しい

ヘクタールあたりの苗木の数 – 2600-2800

 

アゼルバイジャンの紹介

アゼルバイジャンはアジアとヨーロッパの境界線であるコーカサス地方に位置し、北はロシア、南はイラン、北西はジョージア、西はアルメニア、南西はトルコ、東はカスピ海に面した国です。

豊富な石油天然ガス資源をもとに、「第2のドバイ」と言われるほど、飛躍的な発展を遂げてきました。

日本との共通点も多く、歴史や文化を大切にする民族性があり、観光業や農業も盛んです。

世界随一の親日国として知られており、ドライフルーツ大国で、ワイン ・ ザクロの発祥地として人気を集めつつあり、キャビアの本場です。

首都はバクー市

人口は1020万人

面積:86600㎡(北海道よりやや大きい)

通貨:マナト AZN

公用語:アゼルバイジャン語 (トルコ語やトルクメン語に近い)

 

アゼルバイジャンワインのストーリー

アゼルバイジャンは、ジョージアと並ぶワイン発祥の地であり、 8000‐9000年前からワインが醸造されていました。

当時、アゼルバイジャンやジョージアという国名もアイデンティティもありませんでしたが、この地域に住んでいた我々の祖先達は美味しいワインを長い年月を重ね醸造ていました。

アゼルバイジャンもジョージアも小国で、人口も少ない国です。

両国とも、ワイン最古の文化圏を形成するコーカサス地方(コーカサス山脈の名前から)の国々で、文明の十字路、シルクロードを跨ぐ国々です。

キリスト教やゾラアスター教を信仰していたアゼルバイジャンの人々は、7世紀になると、アラビア軍の進行によりイスラム教に改宗させられます。

イスラム教では、お酒は禁止されているため、アゼルバイジャンでは、長い間お酒が禁止になりました。

アゼルバイジャンを含めて、コーカサス地方にあった、ワインの苗木等もヨーロッパ、フランスやイタリアに持って行かれ、そこでワインの文化が定着して行きます。

アゼルバイジャンで、ワイン業が復活するのが、20世紀のソ連時代に入ってからです。ソ連は、農業大国であり、その一つの構成国であったアゼルバイジャンでも農業に大きく力を入れる事になります。

その結果、ソ連時代には、アゼルバイジャンから石油よりも葡萄やワインがモスクワなどに持って行かれていたと言われています。

1980年代に入り、ゴルバチョフ元大統領がソ連のトップに立つと、アゼルバイジャンの葡萄畑が全滅され、アゼルバイジャンの葡萄業、ワイン業に大打撃を受けることになります。

その後、隣国のアルメニアと国家間戦争にも巻き込まれ、その結果、領土の20%を占領され、国民の10%にもあたる100万人以上の国内避難民・難民が発生しました。

1990年代初期、アゼルバイジャン国内では、通貨マナトも下落し、主食であるパンすらも手に入れる事が出来なくなりました。

その中で当時のアリエフ政権の石油戦略の成功により、2000年代に入ると、アゼルバイジャン経済に石油マネーが流れてくることになりました。

2004‐2010年にかけてアゼルバイジャン経済は、世界でも評価される程、飛躍的な発展を遂げて行き首都バクーは第2のドバイと言われる程、目覚ましい発展を遂げました。

その結果、民間層も裕福になり新たなビジネスが広がって行きました。

その中でも農業と観光業の発展に力を入れ、葡萄、ザクロ、ワイン業が特に注目を集めました。

2000年に植えた苗木も2010年になってくると、良質な葡萄をたわわに実らせ恍惚なワインが醸造されるように成ました。

アゼルバイジャンワインは歴史的にみると3度の復活を果たし、ヨーロッパでも認められ数多の賞を受賞するまでに成りました。

アルコールさえ入れば良いと言う甘口ワイン文化より、辛口で高品質のワインを醸造し世界トップクラスを目指すアゼルバイジャンのワインは、これからも急激に成長する産地だと思っています。

その理由として、まず世界最古のワイン産地圏と言うブドウの生育に非常に適した良質の土壌であること。

何より新しい設備や技術の導入に際し資金が潤沢である事が指摘されています。

素晴らしいテロワールと、中世やソビエト時代に何度か中断されながら生き残った古くからのワイン造りの歴史を持つアゼルバイジャンは、再生されつつあるワイン産業を有し、高品質のワインの開発において大きな進歩を遂げています。

アゼルバイジャンのワインは、ワイン愛好家にとって新しく、比類ない味を提供する、ユニークかつ信頼できるブドウ品種を用いて生産されています。

以上。

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